ま部屋のなかは喧囂《けんごう》たる有様だ。「タイムス」「デリー・テレグラフ」をはじめ各国の特派員。なかには、前作、「第五類人猿」のアマゾン奥地探検のとき関係のあった、「世界新報《エル・ウニヴェルサル》」というペルー新聞までがいる始末。
 心境の御変化はどういう理由で……あなた個人の、身辺的事情?……それとも、土地柄政治的原因で……と包囲攻撃のなかで静かに莨煙《けむり》をたて、折竹は憮然とガウンの紐をいじっている。やがて、鎮まるのを待って、ニッと笑い、
「別に、どうこういうような派手派手しい理由はない。風……。僕の翻意の原因は、風にある」
「へえ。風がね」
 とロイド眼鏡をひからせてまっ先に乗り出してきたのが、「スター紙」の山岳通マクブリッジ君。
「つまり、仰言《おっしゃ》る意味の風は、季節風《モンスーン》でしょうね。しかしそれはとうに計画《プラン》のなかへ織り込みずみじゃありませんか。季節風の影響のない五、六月中に、探検を完了するというのが既定の計画だとしたら風の影響などは何もないじゃないですか。むしろ、驚異の征服をなし遂げた、引き上げ時にですね、季節風《モンスーン》の猛雨くらいあるほうが、劇的でいいですよ。征服者折竹の風貌いよいよ颯爽《さっそう》となり……映画班も悦ぶし、われわれも助かる」
「ハッハッハッハ、人の苦しみを悦ぶのは、ジャーナリストくらいだろう。だが、季節風以外にも、風の問題はあるよ」
 と、きっぱり言われてもパミールの辺りで、風の問題といえば季節風以外にはない。はてなと、誰にも見当がつかないところへ、
「なんだ、諸君は分らんのかね」
 と、一わたり折竹がぐるぐるっと見廻して、
「風にもよりけりで、いろんな風があるが……、なかでも一番下らんやつに、臆病風というのがある。そいつが、『大地軸孔』だけはぜひお止めなさい。暗剣殺《あんけんさつ》と三りんぼう[#「りんぼう」に傍点]をゴッタにしたような、あすこへ行けばかならず命はない――と、僕に切実にいうもんだからね。こっちも、考えてみると成程そのとおり。よく、こんな計画でゆく気になったもんだと、再吟味の結果、慄《ぞ》っとなったほどだよ」
 最初はくだけた口調で冗談まじりだったのが、しだいに引き緊ってき、悲痛の色さえ帯びてくる。また聴くほうは聴くほうでガンと殴られたように、暫くのあいだなんの声もなかったのだ。
 
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