ら」
「いったい、猶太人《ジュウ》がどうしたというんだ」
「あの、ツイオン議定書とかにある、猶太《ユダヤ》建国さ。こんな氷の島だから何にもなるまいけれど、とにかく、ながい懸案だった猶太国ができあがる。そのため書いたロングウェルの筋書に、うかうかお前さんが乗っちまったというわけさ。馬鹿、私がいなかったら、どうなったと思う。とうに、ニューヨークにいるうち打ち明けようと思ったけれど、私の言うことなんぞは信用しまいと思ったし……。第一、お前さんは私が嫌いだろう」
おのぶサンは、それだけしか言えなかった。こみあげてくる恋情を、言い得ない悲しさ。折竹も、感謝の気持溢れるようななかにも、氷海嘯のため、食糧の大部分をうしない、「|冥路の国《セル・ミク・シュア》」探検を断念せねばならぬ、切なさ。ただ、米大州に現われたはじめての日本領を、政府が追認するのを切に祈りながら……。氷罅《クレヴァス》のなかでブランブランに揺れていたのだ。
底本:「人外魔境」角川ホラー文庫、角川書店
1995(平成7)年1月10日初版発行
底本の親本:「人外魔境」角川文庫、角川書店
1978(昭和53)年6月1
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