言いつけたのである。
「あの氷河は、じつを言うと一つのものではない。猛烈な吹雪があって積ったやつが、氷河のうえに固まって乗っているんだ。あいつが動きだすと氷海嘯《アイス・フルット》というのになる。危険だ。ケプナラ君に避難をいってくれ給え」
 と、その日の夜半ちかいころ。とつぜん、万雷の響を発し、地震かと思われる震動に、折竹が寝嚢《スリーピング・バッグ》からとび出した。出ると、じつに怖しいながら美しい火花に包まれた氷海嘯が、向うの谿《たに》へ落ちてゆく。よかった、予知したことがなによりだった。と、まず一安心となった。その翌朝のことだ。とつぜん一人のエスキモーの、喧《けたた》ましい声で起されたのである。
「隊長、大変でがす、起きてくらっせえ。ザンベックさんはいねえし、ケプナラさんはオッ死《ち》んでいるだ」
 驚いてゆくと、ケプナラは避難していない。やはり、以前の所に天幕《テント》をはっていて、みるも哀れな死を遂げているのだ。氷海嘯の端に当ったらしく鑢《やすり》で切ったように、左腕、左膝から下が無残にもなくなっている。折竹は、おのぶサンを呼んで、険しい目で見つめ、
「君は、昨日僕の命じたとお
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