ノ一味の『フラム号』じゃねえかと思います。全部、新品の帆なんてえ船は、たんとねえんだから……」
 そこで、補助機関が焚かれ、船脚が加わった。全帆、はり裂けんばかりに帆桁《ヤード》を鳴らし、躍りあがる潮煙は迷濛な海霧《ガス》ばかり。そうして、二、三海里近付いたとき双眼鏡をはずした水夫長が、
「やっぱり」と、言葉すくなに折竹をみる……その顔には言外の恐怖があった。
 まるで、送り狼のような「フラム号」の出現。それに、ルチアノやフローが乗っているかどうかは知らないが……とにかく、この二探検船の前途になに事かが起るということは、もうここで贅言《ぜいげん》を費やすまでもないだろう。
 自然への反抗とともに、ルチアノ一派との闘い、氷原の道には、ますます難苦が想像されてくる。
 そこからは、かつての北極踏破者ピアリーが名付けたという、中部浮氷群《ミドル・アイス》の広漠たる塊氷のなか。やがて、“Kangek《カングック》”岬を過ぎ、“Upernavik《ウペルナビック》”島を右に見て、いよいよ拠点となるホルムス島付近の「|悪魔の拇指《ディヴルス・サム》」という一峡湾に上陸した。仮定「|冥路の国《セル・
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