ロー、彼の情婦で魔窟組合《プロスティチューション・シンジケート》の女王、千人の妓と二百の家でもって、年額千二百万ドルをあげるという、大変な女だ。そういう、暗黒街に鳴る鏘々《そうそう》たる連中が、いかなる用件があってか丁重きわまる物腰で、折竹の七十五番街の宿へやってきた。
 世界的探検家対ギャングスター・ナンバー一《ワン》。まずこれは、一風雲必ずやなくてはなるまい。
「ご免なすって」と人相は悪いがりゅっとした服装の伊太《イタ》公、フローは、まだ若くガルボ的な顔だち。しかし、駆黴剤《くばいざい》の浸染《しみ》はかくし了《おお》せぬ素姓をいう……、いまこの暗黒街を統《す》べる大|顔役《ボス》二人が、折竹になに事を切りだすのだろう。
「じつは、高名な先生にお願いの筋がござんして。と、申しますのは余の儀でもござんせん。ここで、分りのいい先生にぐいと呑みこんで頂いて……」
「なにをだ」
「すべて、どこへ行くとか何をするとか──その辺のところは一切《いっさい》お訊きにならず、ただ手前の指図どおり親船に乗った気で、ちかく“Salem《サレム》”をでる『フラム号』という船にのって頂く」
「おいおい、俺をどこかの殴りこみに連れてゆくのか」
「マア、お聴きなすって」と、ルチアノはかるく抑え、
「で、その船は北へ北へとゆく。すると、そのどこかの氷のなかにだね。ぜひ先生のお力を拝借せにゃならねえものが、おいでを、じっと待ってるんですよ」
「では、そこは何処なんだね。また、僕の力を借りるとは、何をすることなんだ?」
「どうか、それだけはお訊きにならねえで。ただ、申しあげておくのは、けっして邪《やま》しいことじゃない。法律に触れるようなことでは絶対にないという……その点だけはご安心願いたいもんで」
 折竹は、ただただ呆れたように瞬《しばたた》くだけ。ギャングども、大変なことを言ってきやがった。俺の力を、借りたいというからには探検であろうが、いま、年収八千万ドルといわれるルチアノの仕事なら、あるいはそれが途方もないものかも知れぬ。どこだろう、北へ北へといって氷のなかに出る※[#疑問符感嘆符、1−8−77] はてなと、思いめぐらすが、見当もつかない。ただ、匂ってくるのは黒暗々たる秘密のにおい。
「ねえ、先生、ご承知くださいましなね」
 と、フローが間に耐えられないように、
「私たちだって、偶《たま》
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