気を付けてね」にかかる]」と言った。
 それから、身を切られる思いで帰路についていた二人の耳へ、カムポスが高らかにいう声が聴えてきた。「シラノ・ド・ベルジュラック」の一節を朗誦《ろうしょう》している。シラノが、末期にうち明けなかった恋を告白しているところ……。
 「面白くもない私の生涯に、過ぎゆく女性の衣摺《きぬず》れの音を聴いたのも、まったくあなたのお蔭」
 ああと、ロイスが何事かをさとり、抱いていた三上の感触がスウッと飛び去ったような気がした。カムポスが私に恋し、私のために死んでくれた……。朗誦の声は、なおも続く。
 「哲学者たり、理学者たり、詩人、剣客、音楽家、また、天界の旅行者たり。恋愛の殉教者――カムポス・モンテシノスここに眠る」
 そして、声が杜絶《とだ》えた。



底本:「人外魔境」角川文庫、角川書店
   1978(昭和53)年6月10日発行
入力:笠原正純
校正:大西敦子
2000年9月15日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは
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