ら触れてゆこう。
 ピルコマヨには、元来正確な流路がない。土質が、やわらかな沖積層で岩石がなく、そのうえ、蛇行が甚しいために水勢もなく、絶えず溢れ絶えず移動し、いつも決まりきった川筋というものがない。まったく、きょうの川は明日はなく、明日の湿地は明後日の川と、転々変化浮気女のごとく、絶えず臥床《がしょう》をかえゆくのがピルコマヨである。そうしてその流域のなかでもいちばん怖しい場所が、「蕨の切り株《トッコ・ダ・フェート》[#ルビは「蕨の切り株」にかかる]」のパチニョの湿地になっている。
 これまでこの川は、水中植物の繁茂が実におびただしいために、櫂《オール》が利かず、遡《さかのぼ》ったものがない。従って、国際法でいう先占《せんせん》の事実というやつが、パラグァイ、アルゼンチンのどっちにもない訳である。日本人が、フランス人よりも先に新南群島を占めたため、いまは日本の領有となっている。その先占を、一九三二年の夏の終りごろに、いよいよアルゼンチン政府が決行することになった。
 ピルコマヨが、「蕨の切り株《トッコ・ダ・フェート》[#ルビは「蕨の切り株」にかかる]」の荒湿地でまったく消えてしまう。
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