、女形《おやま》をやれる軽口師《ガルガーンタ》という触れこみで、つい四日ほどまえ『恋鳩』に雇われた。初舞台――。ご婦人の下着などを取りだして、すっきりと笑わせる。と、行ってくれりゃ何のこたあなかったよ」
 「引っ込め――か」
 「いわれたよ。しかし、ものというのは、とりようだと思う。俺がずぶの素人でいてやかまし屋の『恋鳩』の舞台を、よく三晩も保ったかと思えば、われながら感心するよ」
 「驚いた」と折竹も呆れかえって、
 「君は、軽口師《ガルガーンタ》のガの字も知らんのじゃないか」
 「そうとも、窮すればなんでもするよ。浪人数十回となれば、女中にもなれる」
 そう言って、とっぷり暮れた夜気を一、二回吸い、暫《しばら》く、空の星をつくねんとながめていたが、急に、なにかに気付いたらしく、くるっと振りむいた。彼は、ぜひ大将に話したいことがある。それには、ここじゃ何だから彼方《あっち》でといって、ぐいぐい折竹を急き立てて、向うの小路へ入っていった。
 「なんだね」
 「じつは、大将にこれを見て貰いたい」とポケットからだしたその男の掌には、キラキラ光る粒が二、三粒転がっている。手にとると、まだ磨かれていないダイヤの原石。大きさは、まあ十カラットから二十カラットぐらいだろうが……、それよりも、掘りだしたままの土の手触りが、折竹にはじつに異様であった。彼は、手にとった石をあっさりと返して、
 「君、これは盗《と》ったやつかね。それとも脱税品《コントラバンド》か」
 「マア、言《い》や後のほうだろう。ところで、見受けたところ大将は、日本人《ジャポネーズ》らしい。日本人でも、サントスやサン・パウロにいるならお移民《コロノ》さんだが、リオにおいでのようじゃ大使館だね。まったく、どこの税関でもお関《かま》いなしに通れる、結構なご身分というもんさ。こっちも、そういう御仁《ごじん》相手でなけりゃ話しても無駄だし、また、大将なら乗ってくれるだろう。どうだ、いい値で売るが、いくらに付ける」
 しかしその時、折竹は一つの石をじっと見詰め、じつにブラジル産にしては稀《まれ》ともいいたい、その石の青色に気を奪われていた。小石ならともかくこうした大型良品《ボン》にあって、美麗な瑠璃《るり》色を呈すとは、じつに珍しい。ブラジル産にはけっしてないことである。
 「君、これはブラジルのじゃないね。南阿《アフリカ
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