まれて、腰骨を蹴られてポンと抛《ほう》りだされるが、これも挙措《きょそ》動作がひじょうな誇張のもとに行われる、南米のラテン型の一つ。おやおや、ここの芸人が一人お払い箱になるらしい。どんな奴だ、さだめし肩をすぼめて悄《しょ》んぼりと出てくるだろうと――多少酔いも手伝った折竹が、そのスーツケースを手にもって、いま現われるかと入口を見守っていたのだ。
まったく、こうして佇《たたず》んだ数秒間さえなければ、かの怪奇の点では奥アマゾンを凌《しの》ぐといわれる、水棲人《インコラ・パルストリス》のすむあの秘境へはゆかなかったろうに。Esteros de Patino《エステロス・デ・パチニヨ》―すなわち「パチニョの荒湿地」といわれる魔所。
まもなく、その入口をいっぱいに塞《ふさ》いでしまいそうな、大男が悠然と現われた。舗道へ降りると、ちょっと足もとのあたりを一、二度見廻していたが、すぐ折竹に気がついたらしく、
「やあ大将《カピトーン》、拾っといてくれたね」
「番をしてたよ。どうせ、出てけ――を喰わされるようじゃ、だいじな財産《もん》だろう。さあ、たしかにお渡ししたよ」
しかし、此奴《こいつ》がと思うとじつに意外な気持。猫のように摘みだされた失業芸人とは、およそ想像もされぬ態の人物。肩付きの逞《たくま》しさは閂《かんぬき》のよう、十分弾力を秘めたらしいひき締った手肢《てあし》、身長、肉付き、均斉《きんせい》といい理想的ヘルメス型の、この男には男惚れさえしよう。
それに、服装《なり》をみればおそろしい古物――どこにもクラブ稼ぎの芸人といったようなところはない。違ったか、渡してしまったしとんだことをしたと、折竹も気になってきて、
「だが、たしかに君のだね」
「ハッハッハッハ、大将は聴いてたんだろうが」
とその男はカラカラと笑うのだ。
「あの、俺に出てけ出てけといった、キイキイ声の奴な、あれが、ここの支配人でオリヴェイラってんだ。俺は、あのチビ公に腰を折ってだね、どうか御支配人、ながい目で頼む。きっと、今夜から大受けにしてみせると、言ったんだが聴いちゃくれない。もっとも、理屈は向うにあるだろうがね」
陽気で、早口で、どこをみても、お払い箱早々というような、行き暮れたところがない。顔も、駄々っ子駄々っ子してダグラスそっくり。声まで彼に似て、豪快に響いてくる。
「俺は
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