いぐい呷《あお》りながら、虹のような気焔《きえん》をあげはじめる。
「人間は、ちいさな機会《チャンス》などに目をくれていたら、大きなのを失うよ。誰にも、一生に一度はやってくる大《でつ》かいやつを、俺は捕まえようってんだ。これはね、女にだって同じことだろうと思うよ。男が、生涯に惚《ほ》れる女はたった一人しかない。ドン・ファンや、カザノヴァが女を漁《あさ》ったね。だがあれは、ひとりの永遠の女性を見付けるためだったと――俺はマアそういうふうに解釈している。つまり、俺のは最上主義なんだ」
「それが、君の放浪哲学だね。些細な、富貴、幸福、何するものぞという……」
「そうだ。時に、喋《しゃべ》っているうちに気が付いたがね、今夜は、“Bicho《ビッショ》”の発表の晩じゃないか」
“Bicho《ビッショ》”というのは、ブラジル特有の動物|富籖《とみくじ》である。蟻喰い《タマンツァ》[#ルビは「蟻喰い」にかかる]の何番、山豚《ポルコ・デ・マツトオ》の何番というように、いろんな動物に分けて番号がつけられている。その、当り籖が今宵の十二時に、ラジオを通じていっせいに発表されるのだ。それから二人は、パゲタ島からにおう花風のなかで、動物富籖《ビッショ》の発表を待ちながら酒杯を重ねていった。折竹は、もう泥のように酔ってしまっている。
「ううい、動物富籖《ビッショ》を一枚、てめえ大切候《だいじそう》に持ってやがって……。おいカムポス、俺はなんだか、可笑しくって仕様がねえ」
「ハッハッハッハッハ、なけなしの俺が一枚看板みたいに、動物富籖をもっているのが、そんなに可笑しいか。だが、俺だって当ると思っちゃいないよ。易《うらな》いだ。未来を卜《ぼく》すには、これに限るよ」
やがて、十二時が近付くにつれ、しいんとなってくる。おそらく、動物富籖をもたぬものは一人もあるまいと思われるほど、この富籖には驚くべき普遍性がある。やがて、ラジオから当り番号が流れはじめた。そのうち、最高位の五万ミルの当り籖が、カムポスの持っているガラガラ蛇札《カスカヴェル》のなかにあるという、声に続いて番号の発表。五九六二一番。――とたんに、カムポスが、ううと呻《うめ》いたのである。
「どうした、カムポス、当ったのかい」
「一番ちがい、大将、これをみてくれよ」
みると、カムポスの札はたった一番ちがいで、五九六二〇
前へ
次へ
全25ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング