ヨいった。二人はいいが……せっかく此処《ここ》まで漕ぎつけて失敗《しくじ》る俺は哀れだ」
となおも手をついて起き上ろうと試みたとき、ふと掌のしたに紙のような手触りを感じた。みると、ケルミッシュが書いた走り書きのようなものだった。
折竹君――
僕とケティは、これからこの世界の向う側の国へゆく。君は、現実逃避をする僕を嗤《わら》うだろう。しかし、素志を達した僕は、このうえもなく満足だ。あの「天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]」には何があるだろう。ユートピア?![#「?!」は横一列] しかし僕は、小説にあるような美しさは求めてない。きっとそこには、冬眠生理でもあるような人間がいるだろう。ながい冬は眠り、短い春は耕す――そういう世界にこそユートピアはあるのだ。
君よ、悠久うごかぬ雲に覆われた魔境「天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]」とともに、時々、僕とケティのことも思いだしてくれ給え。なおダネックは雪崩《なだれ》のしたにいるよ。
雪橋《はし》をわたるまえとり急ぎ
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