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 折竹は、俺もかと思うとぞっと気味わるくなった。じぶんだけは、男のなかでも超然として、なんの白痴女と些細《ささい》も思わぬと考えていたのに、やはり、ダネックがみるじぶんの目もちがっている?![#「?!」は横一列] それが、「天母生上の雲湖」の不思議な力だろうか。いまに、このバダジャッカで愚図付いているうちには、全員が気違いになってしまうのではないか。さすが、援蒋ルートをふさぐ大使命をもつだけに、まだ折竹は正常さをうしなっていない。
 そこで、二人を急《せ》きたてて攻撃準備をいそぎ、いよいよその三日後魔境へ向うことになった。海抜一万六千フィートのここはなんの湿気もない。ただ烈風と寒冷が髭《ひげ》を硬ばらせ、風は隊列を薙《な》いで粉のような雪を浴びせる。やがて、櫛《くし》のような尖峰《せんぽう》を七、八つ越えたのち、いよいよ「天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]」の外輪四山の一つ、紅蓮峰の大氷河の開口《くち》へでた。
 そこは、天はひくく垂れ雲が地を這《は》い、なんと幽冥《ゆうめい》界の荒涼たるよと叫んだバイロンの地獄さながらの景である。氷河は
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