刀tにそい、あるいはすこし下って、一万フィートあたりの石南花《しゃくなげ》帯をゆく。巨峰、鋸歯状の尾根が層雲をぬき、峡谷は濃霧にみち、電光がきらめく。そして、雹《ひょう》、石のような雨。またその間に岩陰に目をむく、土族を追えば黒豹におどされる。まったく、それは四月間の地獄のような旅だった。そうして、七月のはじめバダジャッカに着いたのである。
そこには、バダジャッカの喇嘛《らま》寺があり、人煙はそこで杜絶える。しかし、そこから「天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]」へかけては大高原をなしている。
その夜、断雲からもれる月が雪のうえに輝いていた。巌の輪郭をきざんだ手近の尾根をながめながら、折竹とダネックがひそかに語っている。それは、ゆうべダネックが見付けたことであるが、ケティが深夜ケルミッシュの部屋へ入ったというのだ。
「どうも、白痴がケルミッシュ君に惚れてるらしいんだ。悪女の、なんとか情とかでケルミッシュ君も、ゆうべは辟易《へきえき》していたらしかったよ。それがね、僕が寝ようとした時だった」
※[#釐の里を牛にしたもの、170−8]牛《ヤク
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