イ》やかな春風が吹き、とうてい想像もできぬような桃源境があるのではないか?![#「?!」は横一列] いや、木戸はそれを見たのではないか?![#「?!」は横一列] と、最後に木戸が投げつけた謎語をめぐりながら、よくやった、最後まで気力を失わなかったのはやはり日本人だと、涙と奇靉《きあい》をひろげる夢想世界のなかで、しばらく折竹は一言もいえなかった。
 そこへ、きゅうにダネックが激越な調子になって、
「いよいよ僕も、『天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]』とはお別れということになったよ。探検を、一時中止しろという厳命がくだってしまった。それで、いま俺は返電をやったよ。お前らは、この俺に信頼がもてないのか、それとも費用が惜しくて続けられないのかと、いま訊きかえしてやったところだ」
 ダネックが帰ると、きゅうに折竹の目から堰《せき》を切ったような涙がながれてきた。それとともに、なにやら独り言のように俺がやるぞと言いながら、彼は亢奮《こうふん》し、とり乱したようになってしまった。
 なるほど、木戸への哀惜の念もあろう。しかし、折竹ほどの、男の目にさんさん
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