ニのせ、その両手をみたときは泥のような酔心地だった。
ゴリラを抱いた。と、すべて人間社会にあるものが微細にみえてきた。個人も功績も恋愛などというものも、すべて吹けば飛ぶ塵のようにしか考えられなくなった。マヌエラ、これが悪魔の尿溜の墓の掟なのだ。獣は野性をうしない、人は人性をわすれる――私も死にゆく巨獣となんのちがいがあろう。
こうして、私は、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]を征服し、そうして征服されたのだ。だがマヌエラ、まだ私はさようならだけはいえるよ。
座間の手記は、ここで終っていた。悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]の妖気《ようき》に、森の掟に従わされ、よしんば生きていても遠い他界の人だ。不思議とマヌエラには一滴の涙もでなかった。
彼女はなかに、もう一通同封されている英軍測量部の手紙をとりあげた。
敬愛するお嬢さま――同封の書信を、お送りするについて、一|奇譚《きたん》を申しあげねばなりません。それは、この発信地のヌヤングウェのポスト下には、同封の書信を握りしめた異様な骸骨が横たわっていたのです。それは、丈が四
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