U8−14]《がらんちょう》を放すのを延ばそう。
 マヌエラ、この一日延ばしたことがたいへんな禍《わざわい》となった。といって、いま私が死のうとしているのではない。私が、いままで心を向けていたあらゆるものの価値が、まるで、どうしたことか感ぜられなくなってしまったのだ。あなたのことも、カークのこともこの悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]征服も、いっさい過去のものが塵《ちり》のように些細《ささい》にみえてきた。
 どうしたことだろう。じぶんでそうであってはならないと心を励ましても、その力がまるで咒縛《じゅばく》されているように、すうっと抜けてしまうのだ。きっとマヌエラ、これは魂を悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]に奪われたのだろう。人間という動物であるものが森の墓場へきて、恋人をおもったり娑婆《しゃば》を恋しがったりすることが、そもそも悪魔の尿溜の神さまにはお気に召さないのかもしれない。戒律《タブー》だ。それを破った私は当然罰せられる。それで今日から、「知られざる森の墓場《セブルクルム・ルクジ》[#ルビは「知られざる森の墓場」にかかる
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