ホそれ以外にはない。私は、類人猿の死骸に目をつけた。
それからのことは、婦人であるあなたには詳述を避ける。とにかく、ここへ死にに来て相当の期間生きていたものには、体内にほとんど脂肪の層がない。ともあれ……やつらを燃やしてみることにした。
さいしょ、口腔《くち》に固形|酒精《アルコール》をいれて、それに火をつけた。まもなく火が脳のほうへまわって眼球が燃えだした。ごうっと、二つの窩《あな》がオレンジ色の火を吹きはじめた。洞内が、なんともいえない美しさに染《にじ》んでゆくのだ。裂け目や条痕の影が一時に浮きあがり、そこに氷河裂罅《クレヴァス》のような微妙な青い色がよどんでいる。淡紅色《ときいろ》の胎内……、そこを這《は》いずる無数の青|蚯蚓《みみず》。しかし、死骸は枯れきっていてなんの腥《なまぐさ》さもない。
私は、そうして暖まり、肉も喰った。しかし肉は、枯痩《こそう》のせいか革を噛むように不味《まず》かった。マヌエラ、私がなにをしようと許してくれるだろうね。
ところが、三つほど燃やして四つ目をひきだそうとしたとき、ふいに天井が岩盤のように墜落した。雪崩れが、洞内の各所におこって濛《ぼ
前へ
次へ
全91ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング