ナす。ねえ、あなたの分別一つでモザンビイクへ帰れる。それとも、奴らに義理をたてて、ここで野垂死《のたれじ》にしますかね」
「でもあたし、あなたのいう意味がすこしも分りませんけど」
「それがいかん。あいつら二人は、僕が今夜のうちにきっと片付けてみせます。熱がさがったとき、不寝番になるはずですからね」
と言いながら、ヤンはじりじりマヌエラにせまってくる。しかしそれは、どうせ死ぬものなら行きがけの駄賃と、まるで泥で煮つめたような絶望の底の、不逞不逞《ふてぶて》しさとしかマヌエラには思われなかった。熱くさい呼吸、それを避けようともがけばぐらぐらっと地がゆれる。とその瞬間……、意外にもヤンがわっと悲鳴をあげたのである。
ドドだ。犬歯を牙のようにむきだして、もの凄い唸《うな》り声をたて、唇はヤンを噛《か》んだ血でまっ赤に染っている。憤怒のために、ドドは野性に立ち帰ったのである。切羽《せっぱ》つまったヤンが拳銃《ピストル》をだそうとすると、その手にまたパッと跳《と》びついた。それなり二人は、ひっ組んだまま地上を転がりはじめたのだ。
大柄な獣さえこない禁断の地響きに、とつぜん、足もとがごうと地鳴
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