オてくれますか」
 ちょっと、漁色にすさんだヤンでもふるえた声で言うと、
「ええ、あたしも愛してくれますか」とマヌエラも切なそうに呼吸《いき》をする。
 あのマヌエラ、昼間のマヌエラがなんという変りかた?![#「?!」は一字]
 丁度このとき、おおきな伸びをしながらカークが降りてきた。すると、ヤンはいきなりマヌエラを突きはなし、手をふりながら向うの扉から消えてしまった。座間は、この世界がまっ暗になったような気持で、ただその場に茫然《ぼうぜん》と立ち竦《すく》んでいた。
 と、ヤンの姿が消えたと思ったとき、またも座間をあっと言わせるようなことが起った。
 それは、清浄|無垢《むく》なマヌエラとも思われない……、また淑女たらずとも普通の町家の女でも、よもや口にはしまいと思われるような醜猥《しゅうわい》な事柄を、まるでじぶん自身に言いきかすかのように、マヌエラがべらべらと喋《しゃべ》りはじめたからだ。
 マヌエラ! 断じて幽霊ではない、真実のマヌエラだ。昼間の、灼かれようとも挫《くじ》けない人道主義《ヒューマニズム》の天使が、夜は、想像もされない別貌をしてあらわれたのだ。どっちだ? どっちが
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