カ木《やどりぎ》だけの世界になってきた。これが、パナマ、スマトラと中央アフリカにしかない、ジャングルの大奇景なのである。
 つまり、寄生木や無花果《いちじく》属の匍匐《ほふく》性のものが、巨樹にまつわりついて枯らしてしまうのだ。そのあとは、みかけは天を摩《ま》す巨木でありながら、まるで綿でもつめた蛇籠《じゃかご》のように軽く、押せば他愛もなくぐらぐらっと揺れるのである。森が揺れる。一本のうごきが蔦蔓《つたかずら》につたわって、やがて数百の幹がざわめくところは、くらい海底の真昆布の林のようである。四人とも、それには幻を見るような気持だった。
 ちょうど正午ごろに、大きな野象らしい足跡にぶつかった。つぶれた棘茎《きょくけい》や葉が泥水に腐り、その池のような溜りが珈琲《コーヒー》色をしている。しかし、そこから先は倒木もあって、わずかながら道がひらけた。しかしそれは、ただ真西へと悪魔の尿溜のほうへ……まさに地獄への一本道である。
 疲労と絶望とで、男たちはだんだん野獣のようになってきた。ヤンがマヌエラ共有を主張してカークに殴《なぐ》られた。しかしカークでさえ、妙にせまった呼吸《いき》をし、血ばしった眼でマヌエラをみる、顔は醜い限りだった。
 第三日――。
 ヤンが、その日から肺炎のような症状になった。漂徨《ひょうこう》と泥と瘴気《しょうき》とおそろしい疲労が、まずこの男のうえに死の手をのべてきたのだ。ひどい熱に浮かされながら、幹にすがり、座間の肩をかりて蹌踉《そうろう》とゆくうちに、あたりの風物がまた一変してしまった。
 大きな哺乳類はまったく姿を消し、体重はあっても動きのしずかな、王蛇《ボア》や角喇蜴《イグアナ》などの爬虫《はちゅう》だけの世界になってきた。植物も樹相が全然ちがって、てんで見たこともない根を逆だてたような、気根が下へ垂れるのではなくて垂直に上へむかう、奇妙な巨木が多くなった。それに、絶えず微震でもあるのか足もとの地がゆれている。
 してみると、土の性質が軟弱になったのか、それとも、地|辷《すべ》りの危険でもあるのだろうか? この辺をさかいに巨獣が消えたのと思い合わせて、これがたんなる杞憂《きゆう》ではなさそうに考えられて来た。いまにも足もとの土がざあっと崩《くず》れるのではないか――踏む一足一足にも力を抜くようになる。しかしここで、悪魔の尿溜《ムラムブウェ
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