フまぎれのない逃げ道だ。
 こうして、マヌエラをめぐるあらゆる疑惑が解けた。まるでハイド氏のような二重人格も、怪奇をおもわせたドドの魅魍《みもう》も、さらに、いま五人のものが浮びあがろうとすることも、畢竟《ひっきょう》マヌエラに可憐な狂気があるからだった。座間は、息をふきかえした愛情のはげしさに泣きながら、もう一刻も猶予《ゆうよ》できないことに気がついた。
「諸君、助かるかもしれん。とにかくすぐに水牛小屋へゆこう」
 まず、醜言症を聴かせぬためマヌエラには猿轡《さるぐつわ》をし、ドドを連れて、そっと一同が小屋を忍びでたのである。そこには、地下からうねうねと上へのびて東方の絶壁上へでる、やっと這ってゆけるほどの地下道があった。一同はこうして、猿酒郷《シュシャア・タール》を命からがら抜けでたのである。
 やがて樹海の線に暁がはじまったころ、おそらく追手のかかるマコンデとは反対に、いよいよ、悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]へと近付く密林のなかへ、心ならずも逃げこんで行くのだった。

   雪崩《なだ》れる大地

 密林はいよいよふかく暗くなって行った。大懶獣草《メガテリウム・グラス》の犢《こうし》ほどの葉や、スパイクのような棘《とげ》をつけた大|蔦葛《つたかずら》の密生が、鬱蒼《うっそう》と天日をへだてる樹葉の辺りまで伸びている。また、その葉陰《はかげ》に倨然《きょぜん》とわだかまっている、大|蛸《だこ》のような巨木の根。そのうえ、無数に垂れさがっている気根寄生木は、柵のようにからまり、瘤《こぶ》のように結ばれて、まさに自然界の驚異ともいう大障壁をなしているのだった。しかも、下はどろどろの沢地、脛《すね》までもぐるなかには角毒蛇《ホーンド・ヴァイパー》がいる。
 蜈蚣《むかで》の、腕ほどもあるのがバサリと落ちて来たり、絶えず傘《かさ》にあたる雨のような音をたてて山|蛭《ひる》が血を吸おうと襲ってくる。まったくバイエルタールの魔手をのがれたのは一時だけのことで、またあらたな絶望が一同を苦しめはじめた。
「殺してよ、座間」
 マヌエラが、しまいにはそんなことを言いだした。そして、虚《うつ》ろな、笑いをげらげらとやってみたり、ときどき嫌いなヤンへにッと流眄《ながしめ》を送ったりする。彼女もだんだん、正気を失いはじめてきたのだ。
 さすがにカークだけ
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