ノ、カークが野火をはなった。その煙りが、娑婆《しゃば》をうつすいちばん最後のものになったのが、隊のなかの誰と誰だろうか。そうして、最後の密林行がはじまったのである。
 すると間もなく、樹間がきらきらと光りはじめてきた。森がつきる――とそのとき、どこに潜んでいたのか十四、五人のものが、一同をぐるりと取り囲んでしまった。見なれぬ土人だ。しかも、頭《かしら》だった一人は短いパンツをつけている。
「やあ、今日は《ナマ・サンガ》[#ルビは「やあ、今日は」にかかる]」
 カークが進みでて愛想よく挨拶をした。しかし、練達な彼がぐっとつかえ、語尾が消えるように嗄《かす》れてしまったのだ。拳銃が……無気味[#底本では「無意味」と誤植]な銃口をむけている。やがて、顎《あご》でぐいぐい引かれて森をでると、したは、広漠《こうばく》たる盆地になっている。草|葺《ぶ》きが、固まっているなかに、倉庫体のものさえある。
「ここは、どこだね」
 カークが一同を怯《おび》えさせまいとするように、言った。すると、その男の口から意外にも、未探地帯《ウンベカント・クライス》――とドイツ語が洩れた。アッと、顔をみると鼻筋《はなすじ》の正しい、色こそ熱射に焼けているが、まぎれもない白人だ。
「驚いたろう。俺は、ここに二十年あまりもいる。万一有事のとき、ナイルの水源を閉塞《へいそく》するためにかくれている。俺はドイツ人でバイエルタールという男だ」
 こうして、想像を絶する悪魔の尿溜《ムラムブウェジ》[#ルビは「悪魔の尿溜」にかかる]の怪奇のなかへと、運命の手が四人のものを招きよせてゆくのだった。

   「猿酒郷《シュシャア・タール》」の一夜

 一行の導かれた盆地は谿谷の底といった感じで、赭《あか》い砂岩の絶壁をジグザグにきざみ、遥か下まで石階《いしばし》が続いている。それが、盆地の四方に一か所ずつあって、それ以外の場所は野猿にも登れそうもない。しかし、五人のものは、なんの危害もうけなかった。かえって、怪人バイエルタールは上々のご機嫌だった。
「ここで、白人諸君に会おうとはまったく夢のようだ。どうだ、“Shushah《シュシャア》”という珍しいものを飲《や》らんかね」
 といって、怪人は椰子《やし》の殻にどろりとしたものを注いで、
「ねえ君らも、子供の時に猿酒の話を聴いたろう。それが、ここへきてみると、立派に『
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