ノして指摘する時機には達しておりません。しかし、その男の出現には、れっきとした証拠があがっているのです。夫人《おくさん》、実は彼方《あちら》からなんですよ」
 と沈痛な眉をあげて、法水は顎を背後にしゃくった。
「海からです。その男は、毎夜海から上がって来て、あの防堤のあたりを彷徨《さまよ》い歩くのです。ですが夫人《おくさん》、けっして僕は幻影を見ているのじゃありませんよ。それには、暗喩《メタフォル》も誇張《イペルボール》もありません。修辞はいっさい抜きにして、僕はただ厳然たる事実のみを申し上げているのです。たぶん、明日の夜の払暁《ひきあけ》には、その姿を、防堤の上で御覧になるでしょう」
「なに、海から……毎夜海から上がって、裏の防堤に来る……」と顎骨をガクガク鳴らせながら、検事は頭の頂辺《てっぺん》まで痺れゆくのを感じた。
 そして、われ知らず防堤の方《かた》を見やるのであったが、どうしたことか、肝腎のウルリーケには、なんの変化も現われてはこない。
 彼女の胸は、ふんわりと気息《いきづ》いていて、その深々とした落着きは、波紋をうけつけぬ隠沼《こもりぬ》のように思えた。しかし、その眼を転
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