Aときおりは愛使《キューピッド》が扉《ドア》を叩くことがあるだろう。ところが、亭主の八住ときたら、いつも精神的な澄まし汁みたいなもので、その中には肉片もなければ、団子一つ浮いちゃいないんだ」
「なるほど、そうなるかねえ」
 と法水は、検事の好諧謔にたまらなく苦笑したが、めずらしく口を噤《つぐ》んでいて、彼はいっこうに知見を主張しようとはしなかった。
 そして、「ニーベルンゲン譚詩《リード》」を片手に下げたまま、旧《もと》の室にぶらりと戻っていった。が、はからずもそこで、この事件の浪漫《ローマン》的な神秘が、いちだんと濃くされた。
 彼はそこにいる三人を前にして、妙に底のあるらしい言葉を口にした。
「僕は、だんだんとこの事件が、いわゆる法則でないと呼ぶものに、一致するような世界であることが判ってきました。
 それは、純然たる空想の産物で、まったくの狂気が勝を制する世界なのです。その中には、神や精霊が現われてきますが、しかしそれは、その世界でのみあると信じられているもので、少なくとも僕らは、一応それに額縁を嵌《は》めてみる必要があると思うのです。
 ところでこれは、いったい流星の芝居なんで
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