スりき。山二つ響き高鳴りて汝《な》が頭《こうべ》に落ち、もはや汝が姿を見る能《あた》わざりき】
とある下の空行に、次の数句の詩が記されてあったのである。
それは、明らかにウルリーケの筆跡であって、インクの痕もいまだに生々《なまなま》しかった。彼女は自分の夢を、この章句の下に書きつけておいたのだ。
――われ、眠りてよりすぐ夢みたり。そこはいと暑き夏の日暮、夕陽に輝ける園にして、その光はしだいに薄れ行きたり。
そのうちに、一枚の菩提樹《リンデン》の葉チューリップの上に落つるを見、更に歩むうち、今度は広々とした池に出会いて、その畔《ほと》りに咲く撫子《カーネーション》を見るに、みな垂れ下がるほど巨《おお》いなる瓣《はなびら》を持てり。
われ、それを取り去らんとするも数限りなく、やがて悲歎の声を発するのを聴きて、みずから眼醒む。
「僕はフロイドじゃないがね。これは一種の、艶夢《セキズョレ・トラウム》じゃないかと思うよ」
と検事は莨《たばこ》の煙を吐《は》いて、いつまでも法水の眼を嘲った。
「だって、あの戦女《ワルキューレ》みたいな、てんで意志だけしかないような冷たい女にだって
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