A風波強いらしく思われた。
 そこで、早目の朝食後、余は総員に訓示をあたえた。
「諸君よ、今暁吾々が行う潜行は、祖国を頽廃《たいはい》から救う、偉大なる隠れんぼうである。しかし、怖れることはない。普魯西《プロシヤ》には、われわれ以前に、赫々《かくかく》たる功勲にかがやく、戦友が多々いるのである。今暁《こんぎょう》われわれは、彼ら以上の大成功を期待している。諸君よ、怖れず今暁《けさ》も子供のように隠れようではないか。余は各自が、充分その任務を尽さんことを望む。諸君、サア、浮揚の部署につこう」
 それから、艇を水面下十|米《メートル》の位置に置き、静かに潜望鏡《ペリスコープ》を出して、四囲の形勢をうかがった。しかし、海上は波高く、展望はきかなかった。
 が、右舷のはるかに、黒々と防波堤が見え、星のように燦《きら》めくタラント軍港の燈火――いまや、戦艦「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は目睫《もくしょう》の間《かん》に迫ったのである。
 水上に出ると、頬に、払暁の空気が刺すように感じた。本艇は、このとき通風筒をひらき新鮮な空気を送ったのち、やおら行動を開始したのであった。
 朝霧のために、防波堤の
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