`は少しも見えないのであるが、その足元で、砕ける波頭だけは、暈《ぼ》っと暗がりのなかに見えた。艇を進め、入江に入り込んだとき、霧はますます酷《ひど》くなってきた。
「止むを得ん。こりゃ、亀の子潜行だ」
 それは、潜望鏡《ペリスコープ》の視野が拡大された今日では、すでに旧式戦術である。敵艦に近づき、突如水面に躍り出で、そうしてから、また潜《もぐ》って、魚雷発射の機会を狙うのである。
 と、ルーレットの目に、身を賭けたわれわれは、ここに、予想もされなかったところの、強行襲撃にでた。
 展望塔は活気づいてきた。神経が極度に緊張して、もう伊太利《イタリー》の領海だぞ――という意識がわれわれを励ましてくれた。
 その時、漠々たる闇の彼方に、一つの手提げ灯が現われたのである。そして、大きな声で、
「オーイ、レオナルド・ダ・ヴィンチ……」
 と呼ぶ声が聴えた。
 僚艦の一つらしく、続いて現われた灯に、本艇は、戦艦レオナルド・ダ・ヴィンチの所在を知ったのであった。が、そのとき、何ものか艇首に触れたと見えて、ズシンと顫《ふる》えるような衝撃が伝わったのである。
「捕獲網か……」
 瞬間、眼先きが、クラク
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