スからね。それに、傍線を引いて、フォン・エッセンに示したところをみると、何かそこになくてはならぬわけだろう」
「なるほど、辻褄《つじつま》は合うがね。だが僕は、君の云うような、安手な満足はせんよ。大いに出来ん。とにかく、もっと先を読んでみよう」
 と、彼は頁を繰り、タラント軍港における、巨艦雷撃の個所を読みはじめた。

 ――一日の仕事が終って、きょうも日が暮れようとする。
 余はわが艇を、アドリアチックの海底に沈め休息をとることになった。艇自身は、まるで寝床にいるような、柔らかな砂上に横臥している。天候は、穏やかである。砂上にある艇も、ユラユラ動揺することもない。
 ところが、ふと、聴音器に推進機《スクリュー》の響きが聴えてきた。
 そこで、ふたたび浮揚し潜望鏡《ペリスコープ》を出してみると、残陽を浴び、帆を燃え立たせた漁船の群が、一隻の汽船を中心に、網を入れつつある。
 好餌《こうじ》――余の胸に、餓えた狼が羊を見るような、衝動がこみあがってきた。盲弾《めくらだま》を放ったにしろ、たしか十隻はうち沈めることができる。ちょうど、射撃演習そっくりにあの汽船を撃沈すれば、燃料や食料品はし
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