いだろうかね」
そう云って、検事が指差したところを見ると、その前後二様の流血で作《な》された形が、なんとなく卍《まんじ》に似ていて、そこに真紅の表章が表われているように思われたからである。
この暗い神秘的な事件の蔭には、その潤色から云っても、迷信深い犯人の見栄を欠いてはならないのではないか。
しかし、法水は無言のまま死体に眼を落した。
八住衡吉は、肩章のついたダブダブの制服を着、暑さに釦《ボタン》を外していたが、顔にはほとんど表情がなかった。
強直はすでに全身に発していて、右手を胸のあたりで酷《むご》たらしげに握りしめ、右膝を立てたところは俯伏しているせいか、延ばした左足が太い尾のように見えて、それには、巨《おお》きな爬蟲の姿が連想されてくる。
創《きず》は心臓のいくぶん上方で、おそらく上行大動脈を切断しているものと思われたが、円形の何か金属らしい、径一|糎《センチ》ほどの刺傷だった。
そして、その一帯には、砕けた検圧計の水銀が一面に飛散っていて、それを見ると、最初一撃を喰らうと同時に、検圧計を掴んだのが、ほとんど反射的だったらしい。そして、握ったままくるりと一廻転して、
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