。ああほんとうに、位置が変っているのですか……ほんとうに死体が……」
 と犬射の顔色はみるみる蒼白に変っていって、なにか心中の幻が、具象化されたのではないかと思われた。
 その流血は、ほんの一、二分前から始まったらしく、硝子《ガラス》の上を斜めの糸がすういと引いているにすぎなかった。けれども、死体の位置が異《ちが》ったという事は、以前の流血の跡に対照すると、そこに判然たるものが印されているのだった。
 最初仰向けだったものを俯向《うつむ》けたために、出血が着衣の裾を伝わって、身体なりに流れたからである。しかも傷口には、厚い血栓がこびりついていて、とうてい屍体の向きを変えたくらいで、破壊されるものではなかったし、また、気動一つ看過さないという盲人の感覚をくぐって、知られず、この室に侵入するという事も不可能に違いないのだった。
 してみると、死体を動かしたのは当の犬射復六か、それとも――となると、再びそこに「|鷹の城《ハビヒツブルグ》」遭難の夜が想起されてくるのだ。
「慄《ぞ》っとするね。十時間もたった屍体から、血が流れるなんて……。だが法水君、結局犯人の意志が、あれに示されているのではな
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