においても現われたことのない、驚くべき特質を具えていたのである。
 と云うのは、現場《げんじょう》が扉《ドア》と鍵で閉《とざ》されていたにもかかわらず、艇内をくまなく探しても、八住を刺した凶器が発見されなかったのである。しかも周囲は厚い装甲で包まれ、その外側が海底であるとすれば、とりもなおさず、現場は三重の密室ではないか。
 ウルリーケはこまごま当時の情況を述べたが、それはすこぶる機宜《きぎ》を得た処置だった。
 彼女は、犬射復六の手で扉《ドア》が開かれると、すぐ前方の扉がまだ開かれていないのを確かめた。そうしてから、機関部員の手で、自分をはじめ三人の盲人にも身体検査を行い、なおかつ、その時刻が、五時三分であった事までも述べたが、ウルリーケはそれに言葉を添えて、
「それに、まだ訝《いぶか》しく思われる事がございまして。と申しますのは、まだ扉《ドア》が開かれないうちでしたけど、たしかにヴィデさんの声で、どうしてうろうろしているんだ。君たちは何を隠そうとしているのか――と妙に落着いたような、冷たい明瞭《はっき》りした声で云うのが、聴えたのでございます。
 ですから、あの室に入って夫の屍体を
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