一瞥《いちべつ》すると同時に、私の眼は、まるで約束されたもののようにヴィデさんに向けられました。
すると、あの方だけは、椅子の上で落着きすましていて、まるでその態度は、当然起るべきものが起ったとでも云いたいようで、とにかくヴィデさんだけには、夫の変死がなんの感動も与えなかったらしいのです。
まったくあの方には、底知れない不思議なものがあるのですわ」
とはいえウルリーケとて同じことで、夫の死に慟哭《どうこく》するようなそぶりは、微塵《みじん》も見られなかったのであるが、まもなく法水は、その理由を知ることができた。
現場の扉《ドア》は、鉄板のみで作られた頑丈な二重|扉《ドア》で、その外側には鍵孔《かぎあな》がなかった。というのは、万が一クローリン瓦斯《ガス》が発生した際を慮《おもんぱか》ったからで、むろん開閉は内側からされるようになっていた。
そして、扉が開かれると、そこに漲《みなぎ》っている五彩の陽炎《かげろう》からは眩《くら》まんばかりの感覚をうけ、すでに彼には現場などという意識がなかった。
そのせいか、眼前に横たわっている八住の死体を見ても、色電燈で照し出された惨虐人形芝
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