まもなく、その鍵は二つの扉《ドア》に当てがわれたが、すむと再び旧《もと》の場所に戻して、八住は発艇の合図をした。
 艇がしばらく進むうちに、潜航の電鈴が鳴り、検圧計に赤い電灯《あかり》が点いた。そして機械全体が呻吟したような唸《うな》りを立てると、同時に、足もとの水槽に入り込む水の音が、ガバガバと響いた。
 水深五|米《メートル》、十|米《メートル》――一瞬間泡がおさまると、そこはまさに月夜の美しさだった。
 キラキラ光る無数の水泡が、音符のように立ち上っていって、濃碧のどこかに動いている紅い映えが、しだいに薄れ黝《くろ》ずんでゆく。
 すると、間遠い魚の影が、ひらりと尾|鰭《ひれ》を翻《ひるがえ》して、滑《す》べらかな鏡の上には、泡一筋だけが残り、それが花瓣のような優《しと》やかさで崩れゆくのだった。
 水中にも、地上と同じような匂いが、限りなく漂っていて、こんもりと茂った真昆布《まこんぶ》の葉は、すべて宝石《たま》のような輪蟲《りんちゅう》の滴を垂らし、吾々《われわれ》はその森の姿を、いちいち数え上げることができるのだ。
 そしてその中を、銀色に光るかます[#「かます」に傍点
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