に微風ではなく、髪も着衣《きもの》も、なにか陸地の方に引く力でもあるかのよう、バタバタ帆のようにたなびいているのだ。
人たちは、いずれも両脚を張ってはいるが、ともすると泡立つ海、波濤の轟き、風の喊声《かんせい》に気怯《きお》じがしてきて、いつかはこの蒼暗たる海景画が、生気を啜《すす》りとってしまうのではないかと思われた。
しかし、その一団は、はっきりと二つの異様な色彩によって区分されていた。
と云うのは、まことに物奇《ものめずら》しい対象であるが、夫人と娘の朝枝以外の者は、七人の墺太利人《オーストリヤじん》と四人の盲人だったからである。
そのうち七人の墺太利人は、いずれも四十を越えた人たちばかりで、なかには、指先の美しい音楽家らしいのもいた。また、髭《ひげ》の雄大な退職官吏風の者もいて、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》のあたりに、白い房を残した老人が二つ折れになっているかと思えば、また、逞《たくま》しい骨格を張った傷病兵らしいのが、全身を曲った片肢で支えているのもあって、服装の点も区々まちまちであった。
しかし、誰しもの額や顳※[#「需+頁」、第3水準1
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