に見えたりして、まこと、幻のなかの幻とでもいいたげな奇怪さであった。
 けれども、その不思議な単色画《モノクローム》は疑いもない人影であって、数えたところ十人余りの一団だった。
 そして、いまや潜航艇「|鷹の城《ハビヒツブルク》」の艇長――故テオバルト・フォン・エッセン男の追憶が、その夫人ウルリーケの口から述べられようとしている。
 しかし、その情景からは、なんともいえぬ悲哀な感銘が眼を打ってくるのだった。海も丘も、極北の夏の夜を思わせるような、どんよりした蒼鉛一味に染め出されていて、その一団のみが黒くくっきりと浮び上がり、いずれも引き緊った、悲痛な顔をして押し黙っていた。
 そのおり、海は湧き立ち泡立って、その人たちにあらんかぎりの威嚇《いかく》を浴《あび》せた。荒《し》けあとの高い蜒《うね》りが、岬の鼻に打衝《ぶつ》かると、そこの稜角で真っ二つに截《た》ち切られ、ヒュッと喚声をあげる。そして、高い潮煙が障壁から躍り上がって、人も巌も、その真白な飛沫《しぶき》をかぶるのだった。
 風も六月の末とはいえ、払暁の湿った冷たさは、実際の寒気よりも烈しく身を刺した。しかも、岬の鼻に来てはすで
前へ 次へ
全147ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング