その後に艇を引き揚げた、日本海軍の記録的に明記するところなのです」
 風はなぎ、暁は去って、朝|靄《もや》も切れはじめた。犬射は、感慨ぶかげな口調を、明けきった海に投げつづける。
「艇内は、その前後に蓄電の量が尽きてしまい、吾々が何より心理的に懼《おそ》れていた、あの怖《おそ》ろしい暗黒が始まったのです。すると、それから二時間ばかりたつとがたりと艇体が揺れ、それなり何処へやら、動いて行くような気配が感ぜられました。
 そうしてわれわれは奇蹟的にも救われたのですが……もともと沈没の原因は、艇の舳を蟹網に突き入れたからで、もちろん引揚げと同時に、水面へ浮び出たことは云うまでもないのであります。
 ところが、その暗黒のさなかに、四人がとんでもない過失をおかしてしまったのです。
 と云うのは、寒さに耐えられず嚥《の》んだ酒精《アルコール》というのが木精《メチール》まじりだったのですから、せっかく引き揚げられたにもかかわらずあの暗黒を最後に、吾々は光の恵みから永遠に遠ざけられてしまったのでした。
 あの燃え上がるような歓喜は、艙蓋《ハッチ》が開かれると同時に、跡方もなく砕け散ってしまいました。も
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