上の経過を、犬射は言葉すくなに語りおえたのであるが、すると、見えぬ眼を海上にぴたりと据え、そこを墓とする、武人の俤《おもかげ》を偲《しの》んでいるようであった。
が、やがてその口は、怪奇に絶する、「|鷹の城《ハビヒツブルグ》」の遭難にふれていた。
「そんなわけで、われわれが過した艇内の生活は、意外にも好運だったと云い得ましょう。そしてその翌日、合衆国巡洋艦『提督《アドミラル》デイウェイ』とコマンドルスキイ沖で遭遇するまでは、航路、まったくの無風帯でした。ところがその時、生れてはじめて海戦というものを目撃した――そのわれわれに、誰が、一週間後になって非運が訪れようと信じられたでしょうか。
それは、忘れもしない六月二日の朝、濃霧《ガス》の霽《は》れ間に、日本国駆逐艦の艦影を望見したので、ともかく、衝角だけは免れようと、急速な潜水をはじめたのです。
ところが、そうして潜《もぐ》って二、三十|米《メートル》のあたりに、どうしたことか、ふいに艇体に激烈な衝撃《ショック》をうけました。それなり艇体を、四十五度も傾けたまま動けなくなってしまったのです。そのはずみに、機関室からは有毒のクローリン
前へ
次へ
全147ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング