室から出てきた。彼はそれまで、あわよくば衝角を狙おうと、操舵していたのであったが、船長の決意は、全員の安危に白旗の信号を送ったのであった。
 ところが、その瞬間、四の弾が舷側を貫いて、機関室に命中した。そうして、進行を停止した船に、艇から、次の信号が送られたのであった。
「幹部船員四名、書類を持って艇に来たれ」
 かくて、八住船長以下、犬射事務長、ヴィデ砲手、石割一等運転手の四人が、全員に別れを告げ、船を離れ去ることになったのである。
 その直後に、全員が短艇《ボート》で、四散するさまも、また哀れであった。が、まもなく、室戸丸に最後の瞬間が訪れた……
 燃料や食料を、積み得るだけ艇に移したうえ、室戸丸は、五発の砲弾を喰いそのまま藻屑《もくず》と消えてしまったのである。
 室戸丸は、みるみる悲惨な傾斜をなしてゆき、半ば以上も海面に緑色《りょくしょく》の船腹が現われてきた。やがて、鈍い、遠雷のような響きがしたかと思うと、いきなり船首から真っ縦に水に突き刺った。そして、たかい、長濤《うねり》のような波紋が、艇をおどろしく揺《ゆす》りはじめたのである。
 しかし、艇内に収容されて、最初の駭《お
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