ある。それが、悔んでも及ばぬところの室戸丸の不幸であった。
 煙筒は、真黒な煤煙《ばいえん》に混じえて、火焔を吐き出しはじめた。船体が、ビリビリ震動して、闇に迫る怪艇の眼から遁《のが》れようとした。
 高速力で、旋廻を試みながら、絶えず、花火のような火箭《ロケット》を打ち上げていた。しかし、波間の灯は、室戸丸から執拗に離れなかったのである。やがて、警砲が放たれ、右舷に近く水煙があがった。
「だめです、船長。なまじ※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《あが》いたら、僕らは復讐されますぜ。発砲はやめます。敵艇の砲手の腕前は、驚くべきものですよ。断じて、盲目弾《めくらだま》ではない。最初の警砲は、本船の右舷近くに落ちたでしょう。それから、旋廻したにもかかわらず、二の弾は、船首の突梁《とつりょう》に命中したのです。船長、本船は翻弄されているんです」
 そう云って、ヴィデの蒼白な顔が、砲栓《ほうせん》から離れようとしたとき、三の弾が、今度は船尾旗桿に囂然《ごうぜん》と命中した。
「よろしい、抵抗を中止して、君の意見に従おう」
 と同時に、機関《エンジン》の音がやみ、石割一等運転手が舵機
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