島を去る七〇|浬《カイリ》の海上で拿捕《だほ》されました」
こうして、犬射が語りだす遭難の情景を、作者は、便宜上船内日誌を借りることにする。
本船は横浜|解纜《かいらん》の際、以前捕鯨船の砲手であったヴィデを招き、同時に四|吋《インチ》の砲を二門積み込んだのであった。それは、左右両舷に据えられた。しかも数箱の砲弾が甲板に積み上げられたのである。だが、どうしてだろう? 北太平洋には、いま氷山のほか何ものも怖《おそ》れるものはないではないか。
じつに本船は、フォークランド沖の海戦で、撃ち洩らされた独艇を怖れたからである。独逸《ドイツ》スペイン艦隊の旗艦シャルンホルスト号には、二隻の艦載潜航艇があったのであるが、そのうち一つは傷つき、他の一隻は行衛《ゆくえ》知れずになってしまった。
それ以来、濃霧《ガス》のような海魔のようなものが、北太平洋の北圏航路を覆い包んでしまったのである。
ある船は、海面に潜望鏡《ペリスコープ》を見たといい、また、覗いてすぐに姿を消したという船もあった。しかし本船は、この一夜で航程を終ろうとしていた。それが、西経一三三度二分、北緯五十二度六分、女王《クイーン
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