熱い接吻で私の唇を燃やすではございませんか。
 貴方、そんな頸《うなじ》の上などは擽《くすぐ》っとうございますわ。ねえ、耳|朶《たぶ》へ……貴方……」
 フォン・エッセン艇長とウルリーケとを結びつけた、かくもかたい愛着の絆を前にしては、現在の夫、八住衡吉などは、むろん影すらもないのだった。
 ウルリーケはこもごも湧き起る回想のために、しばらくむせび泣きしていたが、やがて歩を返し、つづいて艇長の最期を語るために、詩人の犬射復六が朝枝に連れ出された。
 ところが、この前事務長の口からして、艇長の最期にまつわる驚くべき事実が吐かれたのであった。

      二、「|鷹の城《ハビヒツブルグ》」の怪奇

「私はこの際、フォン・エッセン艇長の最期を明らかにして、坊間流布されておりますところの、謬説を打破したいと考えます。
 私ども四人が当時乗り込んでおりました貨物船室戸丸は、そのおり露西亜《ロシア》政府の傭船となっておりましたので、『|鷹の城《ハビヒツブルグ》』の襲撃をこうむることは、むしろ当然の仕儀であると云い得ましょう。一九一七年三月三十日、室戸丸は『鷹の城』のために、晩香波《バンクーバー》
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