また何故に、損害の軽微な潜航艇戦にも出なかったのであろうか。それには、陸上トレンチノ線の、快勝が原因だったのである。
伊太利陸軍は、参戦以来、主力をイゾンゾに注いで、大規模な攻撃を開始した。しかし、費やした肉弾と、砲弾の量にもかかわらず、わずかイゾンゾ河の下流で国境を越えたにすぎなかった。そこへ、対セルビアの戦闘が終結したのである。
墺軍は、俄然そこで攻勢に転じた。まず、イゾンゾ方面に、兵力集結の偽装をおこない、そうして、伊軍の注意を、その方面に牽《ひ》きつけておいて、その間《かん》に、こっそり攻勢の準備を整えていた。
露墺戦線よりの三個師団、イゾンゾ方面より四個師団、バルカン方面より三個師団、さらに、国内で編成した混成三個旅団を、それまでのケーブエス、ダンクル軍に合わせたのである。そして、オイゲン大公指揮の下に、伊軍陣地を突破して、ヴェネチア平原に進入しようと企てたのであった。
四月二日払暁、ロヴェレット南方より、スガナ渓谷《けいこく》にいたる、トレンチノ全線の砲兵が、約二千門といわれる砲列の火蓋を切った……。それが伊墺戦線最大の殺戮《さつりく》なのであった。モリ南方高地から
前へ
次へ
全147ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング