海から押し上がってくる、平原のような霧があるのだけれど、その流れにも、さだかな色とてなく、なにものをも映そうとはしない。
 ただ、その中をかい間ぐって、ときおり妙に冷《ひい》やりとした――まるで咽喉《のど》でも痛めそうな、苦ほろい鹹気《しおけ》が飛んでくるので、その方向から前方を海と感ずるのみであった。
 しかし、足もとの草原は、闇の中でほう茫《ぼう》と押し拡がっていて、やがては灰色をした砂丘となり、またその砂丘が、岩草の蔓《はびこ》っているあたりから険しく海に切り折れていて、その岩の壁は、烈しく照りつけられるせいか褐色に錆《さ》びついているのだ。
 しかし、そういった細景が、肉の眼にてんで映ろう道理はないのであるが、またそうかといって闇を見つめていても、妙に夜という漆闇《しつあん》の感じがないのである。というのは、そのおり天頂を振りあおぐと、色も形もない、透きとおった片雲《ひらぐも》のようなものが見出されるであろう。
 その光りは、夢の世界に漲っているそれに似て、色の褪せた、なんともいえぬ不思議な色合いであるが、はじめは天頂に落ちて、星を二つ三つ消したかと思うと、その輪形《わがた》は
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