カて、法水を見ると、そこにはいつも変らぬ、鉄壁のような信念が燃えているのであるから、いよいよもって、その心理劇の正体が朦朧《もうろう》としてしまい、知りつつ――そこを迷路と承知しながらも、検事は足を引き抜くことができなくなってしまうのだった。
やがて、ウルリーケは家の中に去ってしまったが、検事だけはひとり残って、ぼんやりと海景を眺め暮していた。それは、法水が持ち出した混沌画の魅力に圧せられて、彼は模索の糸を、絶つことができなかったからである。
――ああ法水がキッパリと云い切った態度からは、毫《ごう》もいつものように術策や、詭計らしい匂いが感ぜられなかった。
のみならず、彼の神経といえば、それこそ五|浬《マイル》先の落ち櫂《かい》さえも見遁《みのが》さぬという、潜望鏡のそれよりも鋭敏ではないか。
そうすると、事によったら、彼の眼に映じたものは、生きながら消え失せて、「|鷹の城《ハビヒツブルグ》」の悪霊と呼ばれるシュテッヘ大尉ではなかったか。
それとも、まだ名も姿も知られていない何者かが、しかも帆桁《ほげた》は朽ち船員は死に絶えても、嵐と凪《なぎ》を越え、七つの海を漂浪《さすら》い行くと云われるのだが、その身は生とも死ともつかず、永劫《えいごう》の呪縛にくくられている幽霊船長《ファンダーデッケン》と――きしみ合う二つの車輪、まさに幻想と現実とが、触れ合おうとする空怖ろしさ、またそれを縫ってシュテッヘの幻が、見もせぬに跳び上がり、沈み消えしては踊り乱れるのだった。
が、そうしてああでもないこうでもないと、もの狂わしい循環論の末には、いつか知性も良識も、跡方なく飛び散ってしまって、まったく他《はた》の眼から見たら、滑稽なほどの子供っぽさ、いたずらに神話の中を経めぐったり、あるいは形相《ぎょうそう》凄まじい、迷信の物の怪《け》に怯《おび》えたりなどして、検事はしだいに夢を換え、幻から幻に移り変って行くのだったが、やがて終いには、その深々とした神秘、伝奇めいた香気に酔いしどれてしまって、譫妄《たわごと》にも、殺人事件の犯人などどうでもよいと思われたほど、いまや彼の感覚は、まったく根こそぎ奪い尽され去ってしまった。
そのおり、黄昏《たそがれ》の薄映えは、いぜん波頭を彩っていたけれども、海霧《ガス》は暗さを増す一刻《ひととき》ごとに濃く、またその揺動が、暗礁を黒鍵《こ
前へ
次へ
全74ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング