ところが、入ってくるウルリーケを見ると、長い睫毛《まつげ》の下がキラリと光った。
彼女は母に、とげとげしい言葉を吐いたのである。
「お母さん、貴女《あなた》はこのアマリリスを、どうしてここへ持っていらっしゃったのです。ああ判《わか》った。貴女は私を殺そうとお考えになっているのでしょう。
だってこの花のことは、ようく御存知のはずなんですもの……私をまた床に就かせようとしたって……ああ、きっと、そうにちがいありませんわ」
朝枝のヒステリックな態度には、何かひたむきな神々しいような怖ろしさがあって、それには何より、法水が面喰らってしまった。
すると、瞬間ウルリーケの顔には狼狽《ろうばい》したようなものが現われたが、彼女は動ぜず、静かに云い返した。
「まあ朝枝さん、私が持って来たのですって、……いったい貴女は、何を云うのです? お母さんは、貴女を癒《なお》してくれたこの花に、感謝こそすれ、なんで粗略に扱うものですか。
サア家へ帰って、すぐ床にお入りなさい……貴女はまだ、本当ではないのですよ」
その思いもよらぬ奇異《ふしぎ》な場面にぶつかって、しばらく法水は、花と朝枝の顔を等分に見比べていたが、
「なんだか知りませんが、僕にこの花のことを聴かせていただけませんか」
「それは叔父さま、こうなのですわ」
と朝枝は、法水の顔にちらついている、妙に急迫した表情も感ぜず語りはじめた。
「私は一月ほど前から、得体の知れない病いに罹《かか》りました。熱もなくただ瘠せ衰えてゆきまして、絶えずうつらうつらとしているのです。
あとで聴きますと、医者は憂鬱病《メランコリア》の初期だとか何かの腺病だとか云ったそうですが、どんなに浴びるほど薬を嚥《の》んでも、私の身体からは日増しに力が失せてゆくのでした。そうして、だんだんと指の間が離れてゆくのが、朝夕目立ってゆくうちに、このアマリリスの蕾《つぼみ》が、ふっくらと膨《ふくら》んでまいりました。
私はそれを見て、果敢《はか》ない望みをこの花にかけてみたのです。もし私が癒るようなら、蕾《つぼみ》をそれまで鎖ざしておいて下さいまし――と。
ほんとうを云えば、力を出そうとして、血の気が上ったようなこの花の生々《いきいき》しさに、私、妬《ねた》みを感じたのでしたわ、ところが叔父さま、まあ不思議な事には、今にも開きそうなこの蕾が、五日たって
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