走艇《ヨット》倶楽部でも、シーワナカの支部に属しておりました。
 ところが、決闘の結果同僚の一人を傷つけて、査問されようとするところを、艇長がUR―4号の奥深くに匿《かく》したのです。
 ところが、ヴェネチア湾を潜航中不思議な事に、シュテッヘ大尉は忽然と消え失せてしまいました。
 その際は、傷ついた足首を一面に繃帯して、跛《びっこ》を引いていたそうですが、それもやはり、士官室の寝台から不意に姿が消えてしまったのです。それ以後UR―4号には、妙に妄想じみた空気が濃くなってきて、まさに不祥事続出という惨状だったのでした。
 そうすると、やれシュテッヘ大尉の姿を、目撃した――などという者も出てくる始末。しまいには全員が、転乗願いに連署するという事態にまでなったのですから、もはや当局としても捨ててはおけず、ついにUR―4号を鑑籍から除いてしまったのでした。
 UR―4号の悪霊《ベーゼルガイスト》――そのように、おぞましい迷信的な力はとうてい考えられないにしても、その二つの事件は、偶然にはけっして符合するものでないと考えております。
 儂《わし》はそれを、いかにも明白な、絶対的な事実として感じているのです。
 そして[#「そして」に傍点]、もしやしたら[#「もしやしたら」に傍点]、シュテッヘ大尉が[#「シュテッヘ大尉が」に傍点]、そのときもまだ不思議な生存を続けていて[#「そのときもまだ不思議な生存を続けていて」に傍点]、友に最後の友情をはなむけたのではないか[#「友に最後の友情をはなむけたのではないか」に傍点]。つまり[#「つまり」に傍点]、艇長の遺骸を[#「艇長の遺骸を」に傍点]、海の武人らしく[#「海の武人らしく」に傍点]、母なる海底に送ったのではないか[#「母なる海底に送ったのではないか」に傍点]――というような、妄想めいた観念がおりふし泛《うか》び上がってきて、儂を夢の間にも揺すり苦しめるのでした」
 老人はそこで言葉をきり、吐息を悩ましげに洩らした。しかし、そのシュテッヘ大尉事件の怖ろしさは、艇長消失の可能性をも裏づけて、妙に血が凍り肉の硬ばるような空気をつくってしまった。
 続いて老人は、現在|維納《ウイン》において艇長生存説を猛烈に煽り立てているところの、不可思議な囚人のことを口にした。
「しかし、一方共和国は、ハプスブルグ家の英雄を巧みに利用して、今や復辟運
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