フと云えば、さしあたり艇長の油絵をさておいて、他に何がありましょうか。
 夫人《おくさん》、貴女は画像の唇を、筋なりに切りさいて、その間にこの手紙を差し込んで置いたのです。そして、あの美しい唇が膨れて、顔の階調が破壊されるのを、貴女は何よりも、怖れていたのでした」
 そうして語られる夢の蠱惑《こわく》は、ウルリーケの上で、しだいと強烈なものになっていったが、やがて、その悩ましさに耐えやらず叫んだ。
「貴方は、私が覆うていたものを、残らず剥ぎ取っておしまいになりましたわね。それでは、私をテオバルトに遇わせて下さいましな。法水さん、それにはいったい、何処へ参ったらよろしいのでしょうか」
「ともかく、この場所においで下さい。いま、すぐに連れてまいりましょう」
 と異様な言葉を残して、法水は隣室に去ったが、やがて連れて来たその人を見ると、二人はアッと叫んで棒立ちになってしまった――それが人もあろうに、ヴィデだったからである。
 しかし法水は、力を罩《こ》めて彼に云った。
「フォン・エッセン男爵、もう宜《い》い加減に、その黒眼鏡を除《はず》されたら、いかがですかな。貴方が、遭難の夜ヴィデを殺したという事も、三人に木精《メチール》をあてがって盲目《めくら》にし、それなりヴィデになり済ましたという事も、また、妻を奪った八住を殺したばかりでなく、娘の朝枝までも手にかけようとした事も――ハハハハ、あのまんまと仕組んだ屍体消失の仕掛《からくり》でさえ、僕の眼だけは、あざむくことができなかったのです。貴方が、髪を洗って、傷や腫物《はれもの》の跡を埋め、またしばらく、過マンガン酸加里で洗面さえしなければ、再び旧《もと》の美しい、アドリアチックの英雄に戻るでしょうからね」
「な、なにを云う……」
 とヴィデはドギマギしながらも、嘲るように、
「僕がフォン・エッセンだとは――莫迦《ばか》らしい、いったいどこを押せばそんな音が出るのです。すると貴方は、八住を刺した兇器を、僕がどこへ隠したと云われますか」
「なにも、あの流動体には、隠す必要なんてないじゃありませんか。しばらく貴方は、それを傷口の中に、隠しておいたのでしょう。そして、後になって、朝枝と二人の盲人といっしょに再び艇内に入ると、そこで眼が見える貴方は、屍体を俯向《うつむ》けにしました。すると、あの流血と同時に、兇器はしだいに凝血の間を縫
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