チて、やがてかなりの後に流れ出ました。ところが、その附近には、砕けた検圧計の水銀が飛び散っていた……」
「水銀……」
検事が思わず反問すると、法水は、その魔法のような兇器を明らかにした。
「そうなんだ支倉君、まさにその水銀なんだよ。ところで、潜航艇に使う液体空気の中へ、水銀を漬けておくと、それが飴状になるので、何かの先に丸い槍形を作り付けることができるのだ。そうして、さらに冷却すると、いわゆる水銀槌《マーキュリース・ハムマー》と呼ばれて、銀色をした鋼《はがね》のような硬度に変ってしまう。だから、それが八住の体内で、体温のために軟らかくなるから、当然先端が丸くなって、創道の両端が異なるという、不可解な兇器が聯想されてくるのだ。だが支倉君、君はあの時八住が、どうして悲鳴を上げなかったか、理由を知っているかね」
と云って、検事が再び混乱するのを見て、法水は事務的に説きだしたが、
「いや、悲鳴を上げなかったというよりも、叫んでも聴えなかったと訂正しておこう。やはり、フォン・エッセン別名《エーリアス》ヴィデ氏は、遭難の夜と同じく、間歇跛行症を利用したのだ。その時発作が起ったので、八住と犬射の間に割り込んだから、はしなくその手に触れた、犬射が驚かされてしまった。そして夫人に急を告げるやらの騒響《ざわめき》の間に、悠々と八住を料理してしまったんだ」
と云って、ヴィデに憫れむような眼差を馳せた。
「ああ|偶像の黄昏《ゲッツェン・デムメルング》――僕は貴方を見て、一つの生きた人間の詩を感じましたよ。生命に対する執着・流浪愛憎。ですが男爵、ニイチェの中にこんな言葉がありましたね――時の選択を誤れる死は、怯惰《きょうだ》な死である――と」
「よろしい、僕は誇らしげな死につきましょう」
とヴィデは、彼の眼前――闇中にそそり立っている超人の姿が、かくも高いのに嘆息したが、
「あの悪鬼フォン・エッセンを捕えるか、それとも、自分の人生を修正するかです。僕は今夜一人で、『|鷹の城《ハビヒツブルグ》』の中に入りますよ」
と云い捨てて、この室《へや》を出て行ったが、その足取りは、盲人《めくら》にしてはたしか過ぎると思われるほどだった。
ところがその翌日、早朝乗組員の一人が、背後から心臓を貫かれて、紅《あけ》に染まっているヴィデの屍体を発見した。
法水が赴いた頃には、ヴィデの死体は陸《おか
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