つないのだから、低い入谷田圃からでも、壮大を極めた大博覧会の結構が見渡せるのだった。仄《ほん》のり色付いた桜の梢を雲のようにして、その上に寛永寺《かんえいじ》の銅《あか》葺屋根が積木のようになって重なり合い、またその背後には、回教《サラセン》風を真似た鋭い塔の尖《さき》や、西印度式の五輪塔でも思わすような、建物の上層がもくもくと聳え立っていた。そして、その遥か中空を、仁王立ちになって立ちはだかっているのが、当時日本では最初の大観覧車だったのだ。
所が、その日の夕方になって、杉江が二階の雨戸を繰ろうとし、不図|斜《はすか》いの離れを見ると、そこにはてんで思いも付かぬ異様な情景が現れていた。全く、その瞬間、杉江は眼前の妖しい色の波に、酔いしれてしまった。けれども、それは、決して彼女の幻ではなく、勿論遠景の異国風景が及ぼしたところの、無稽な錯覚でもなかったのである。その時、彼女の眼に飛び付いて来た色彩と云うのは、殆んど収集する隙がないほどに強烈を極めたもので、恰度めんこ絵か絵草紙の悪どい石版絵具が、あっと云う間に、眼前を掠め去ったと云うだけの感覚に過ぎなかった。平生ならば、夜気を恐れて、四
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