からか花鋏の音でも聴えて来そうであって……、如何さま富有な植木屋が朝顔作りとしか、思われない。
その日は三月三日――いやに底冷えがして、いつか雪でも催しそうな空合だった。が、そのような宵節句にお定《き》まりの天候と云うものは、また妙に、人肌や暖《ぬく》もりが恋しくなるものである。まして結綿や唐人髷などに結った娘達が、四五人|雪洞《ぼんぼり》の下に集い寄って、真赤な桜炭の上で手と手が寄り添い、玉かんざしや箱せこの垂れが星のように燦《きら》めいている――とでも云えば、その眩《くら》まんばかりの媚《なま》めかしさは、まことに夢の中の花でもあろうか。そこに弾《はず》んでいるのが役者の噂でなくとも、又となく華やかな、美くしいものに相違ないのである。所が、尾彦楼の中には、日没が近付くにつれて、何処からともなく、物怯《ものお》じのした陰鬱なものが這い出して来た。と云うのは、その夕《ゆうべ》、光子《みつこ》のものに加えて、更にもう一つの雛段が、飾られねばならなかったからだ。
所で、この尾彦楼の寮には、主人夫婦は偶《たま》さかしか姿を見せず、一人娘の十五になる光子と、その家庭教師の工阪杉江の外に、ま
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